大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和41年(う)1207号 判決 1967年1月26日

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

<前略>

まず各所論は、被告人両名の本件所為は、会社側の不当かつ違法なロツクアウトに対する全国金属労働組合に属する組合員としての正当な抗議行動であつて、労働組合法一条二項により正当行為として評価さるべきものであり、犯罪を構成しない。原判決が住居侵入、傷害、暴行の本件公訴訴因につき、被告人両名を有罪と認定したことは、法令の解釈適用を誤り、事実を誤認したものである、というものである。

被告人両名の本件所為が、会社側のロツクアウトに対する抗議行動としてなされたことは、これを否定し得ない。原判決は、被告人両名が本件菊水会社と菊水支部組合間の争議につき、その当事者でないから、仮に本件ロツクアウトが違法であつたとしても、これに対する抗議行動として、被告人らの所為を正当な組合活動の範囲に属するものと認め難いと判断し、これに対し各所論は、被告人両名は全国金属労働組合という全国的な産業別単一組織に所属する組合員として、同一組織に所属する本件菊水支部組合員と同様の立場において、労働者の権利を守るため、菊水会社の不当違法なロツクアウトに抗議するため本件所為に出たものであり、それは正に憲法二八条の保障する労働者の団結権に基き、その正当な組合活動の範囲内に属するものである、と反論する。

よつてこの点につき勘案するのに、ロツクアウトは使用者に許される争議行為であるが、会社側がこのロツクアウトの争議手段に訴えた場合、労働者組合側がこれに対抗して斗争手段を講ずることも労働者の権利であり、その組織する組合活動として許容されなければならない。そして、このような会社側のロツクアウトに対抗する労働者の斗争手段は、通常の争議行為に随伴して容認される事実行動であるから、労資間の団体交渉とか、争議に関連して労資間に交わされる意思表示とは異なり、当該争議行為の直接の当事者に限らず、互いに利害を共通にする労働者は、その団結権に基いてこれをなし得るものと解するのが相当である。被告人両名は、全金属労働組合員に属する組合員として、全国約二〇万人の全金属労働者の権利を守るため、互いに提携協力してその組合活動をなし得るわけであつて、同じ全金属労働者である菊水支部組合員の権利を守るために、菊水会社の本件ロツクアウトに対抗し、全金属労働組合員として争議斗争に参加し得るものと解する。従つて、被告人両名が、菊水会社と菊水支部組合間の争議関係において、第三者であり当事者でないという理由で、会社側のロツクアウトに対する抗議行動そのものを頭から否定することはできない。ただ、その抗議行為は、当該争議紛争の実態に照し、あくまでも真に労働者の権利を守り、健全な組合活動に即した妥当正当なものでなければならないのである。もしそれが、妥当を欠き不当なものである限り、争議関係における当事者であると否とにかかわらずこれを組合活動に属する所為として、その正当性を肯認することはできないのである。

ところで各所論は、被告人両名の本件住居侵入、傷害、暴行の各事実を否定するが、記録によつてこれをみるのに、本件ロツクアウトの実施を担当していた菊水会社玉川工場総務課長上島高明が、原判示工場長室内において、原判示のように場内放送を開始するや、原判示第一のとおり、被告人両名は他の組合員十数名と共謀のうえ、該放送を妨害し、かつロツクアウトの実施につき会社幹部を難詰する目的をもつて、同工場長室内に不法に侵入し、次いで原判示第二のとおり、被告人両名は共謀のうえ、右上島課長に対し、「表に出てロツクアウトした理由を説明しろ」などと叫びながら、その腕を引つ張り、あるいは胸倉やえり首をつかんで引つ張つたり、その首に手を巻いて持ち上げるなどし、同人が中腰になつた瞬間そのかけていた椅子を引つ張つてその場に転倒させるなどの暴行を加え、よつて同人に原判示傷害を負わしめ、更に原判示第三のとおり、被告人両名は他の組合員約一〇名と共謀のうえ、同工場長橋本洋に対し、「外へ出て説明しろ」などと叫びながら、その手首や胸倉をつかんで引つ張り、えり首をつかんで揺振り、あるいは脇下に手を入れて持ち上げたり、背中やみぞおちの辺りを突いたりしたあげく、同人を椅子ごと倒し、なおこれを抱えるようにして室外に連れ出し、入口付近の地上に放り出すなどの暴行を働き、よつて同人にも原判示傷害を負わしめ、また原判示第四のとおり、被告人橋本は、単独で、同会社資材部長広嶋隆に対し、「お前は何だ、ボデーガードか、生意気だぞ」などと怒鳴りつけ、その胸倉をつかみ、あるいは頭髪をつかんで揺振るなどの暴行を加えたことを肯認するに十分であつて、この点に関し原判決の事実誤認を主張する論旨は理由がない。しからば以上被告人両名の各所為自体、いずれも労働組合法一条二項但書にいわゆる「暴力の行使」に該当すること明らかであるから、これをもつて同項本文の正当な組合行動と解することはできず、憲法二八条は、このような行為までもこれを正当として保障するものでないことはいうまでもない。

各所論は、菊水会社の行つた本件ロツクアウトは極めて不当違法なものであるから、これに対抗する抗議行動として、被告人両名の所為はその正当性を肯認すべきである、と主張する。

ロツクアウトは使用者に許される争議行為として、生産手段と労働支配とを遮断する強硬な斗争手段であるから、その濫用があつてはならないことは多言を要しない。労働者の基本的権利を否定し、その団結権をじゆうりんし、その組織破壊を目的として、使用者がこの争議手段に訴えることの許されないことは明らかである。そして原判決も指摘するとおり、菊水会社側の採つた本件ロツクアウトないしその前提をなす同会社側の措置態度が、労働組合側からみて極めて意外にして不当不法なものに映じたことはこれを否定し得ない。

まず年末一時金一・五月分という会社側の回答が、一般に比較し極めて低額であつたことは否めない。しかしながら、会社側は夏季一時金支払いのため労働金庫より借り入れた一、五〇〇万円が、未だ五〇〇万円返済できただけで残額一、〇〇〇万円の返済にも苦慮している有様で、年末の資金繰りが窮迫の実情にあることを釈明して、一・五月分さえも年内に支給し得る見とおしはそのうち〇・五月分に過ぎないことを訴えているのである。また、団体交渉も前後三回行われただけで、殊に社長出席のものは僅か一回に過ぎなかつたことも明らかであるが、会社側としては、これ以上団体交渉を試みても、両者の主張は徒らに平行線をたどるのみで解決の目どが立たないところから、最後の手段として神奈川地方労働委員会にあつせんの申請をしているのである。しかるに組合側は、この申請に応ずることを拒否したのである。また、前記上島総務課長の言動に組合側の誤解を招く節がなかつたとはいえないにしても、会社側が社長出席の団体交渉を開くよう言明しながら、不意打ちに本件ロツクアウトの挙に出たと認むべき証左は存在しない。弁護人らは、全金属労働組合神奈川支部は一一月二六日以降執行委員会において戦術転換の斗争方針を決定し、同月三〇日その支部大会において右斗争方針を可決しているのに、会社側は、右戦術転換の事実を知りながら、機先を制するため本件ロツクアウトを断行したものであつて、これこそ正に先制攻撃的違法なロツクアウトである。と主張する。しかしながら組合側は、同月八日には翌九日の労務協議会における最初の労資話合いの機会をも待たずに既にスト権の確立を宣言し、同月一〇日には斗争態勢に入り、以降一二月一日まで全面ストライキ、時限ストライキあるいは製造部門の最終工程に当る調整、検査および本社における発送部門の重点部分ストライキを断行して来たのである。このような組合側の争議斗争に対抗して、会社側がその企業防衛の立場上やむなく本件ロツクアウトの挙に出たものであることは、十分にこれを肯認し得るところであつて、殊に一二月一五日玉川工場において行われた組合支援総決起大会は、会社側をして益々争議の長期化を懸念せしめるものであつたことは否定し得ない。所論支部大会において採択された戦術転換の斗争方針を会社側がどのように受け取つたにせよ、右会社側の懸念をいわれなき杞憂と断ずることはできない。また会社側が、本件ロツクアウトの実施に当つて組合事務所を閉鎖したまま、同事務所の出入やその使用について適切な措置を講じ得ず、この問題につき会社側から積極的に話合いの場を持とうとしなかつたことも、原判決が認定するとおりこれを否定し得ない。しかしながら会社側としては、組合側より何らかの申し入れ抗議の意思表示さえあれば、これに対し適切な話合いをする用意のあつたことは明瞭であつて、当日早朝工場に訪れた菊水支部副委員長森崎晋に対し、前記上島総務課長よりその趣旨の申出をなしておる事実も否定し得ない。

以上菊水会社側の本件ロツクアウトが、全面的に正当妥当なものとは断じ得ないにしても、本件労働争議の経過、過程において労働者の基本的権利を否定し、労働者の団結組織を破壊する意図をもつて、使用者としての争議権を濫用したものと認めることはできない。そして、被告人両名の前記のごとき暴力の行使を正当化するいかなる事由をも見出すことはできないのである。被告人両名の工場長室内への立入りは、会社側のロツクアウトに抗議するためになされたものであるにしても、その抗議行動が暴力行使に及ぶ限り、組合活動ないし争議斗争の正当性の限界を逸脱したものといわなければならない。被告人両名の本件各所為につき傷害、暴行の公訴訴因と併せ、その住居侵入の点についても有罪を言い渡した原判決の判断は正当である。<後略>(関谷六郎 内田武文 小林宣雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例